大和ミュージアムへいく

大和ミュージアムへ佐藤画伯と見学に行く。大和は、世界一の戦艦で、その当時日本海軍は世界最高性能の戦艦をつくりあげ、欧米を凌駕した。しかし、太平洋戦争では、何度も活躍するチャンスがあったのに、山本五十六は大和を使わなかった。兵士に大和ホテルを言わしめたように、自分の作戦本部、根城としてしか使わなかった不思議がある。開戦から2年は、アメリカ海軍には、大和を沈めるための武器を持たなかった。アメリカの戦艦でも、飛行機でも、大和を仕留めることはできなかった。なにしろ、アメリカの魚雷がまともに、目標にあたり爆発するようになったのは、終戦間際である。大和が出ていけば、アメリカ軍もオーストラリア軍も逃げるしか方法がなかったのだ。太平洋戦争は、本当に不思議に満ちている。大和は、無駄に沖縄に特攻されて沈んだ。その無念を思うと、私は、とても悲しくなる。46cm砲で、一度でいいから、アメリカ海軍の艦艇を砲撃してほしかった。
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